リュブリャナ2日目 5月8日

 

ホテルレブの朝食です。

種類も多く、おいしかったです。

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リュブリャナ城に行きました。

青空市場から歩いてすぐの所に、リュブリャナ城へ上るケーブルカーの乗り場があります。

「竜の橋」の袂から散策路がお城まで通じているので、歩いて上ることもできるので、歩いて登ることにしました。

 

城壁です。

リュブリャナ城は、9世紀に砦として建てられたのがはじまりで、1144年に城として建設されたお城だそうです。

1335年からはハプスブルク家に継承され、一時は刑務所として利用されていたこともあり、その後、リュブリャナ市によって1905年に買収され、現在に至っているのだそうです。

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ジョージ礼拝堂にも入ってみました。
天井にはハプスブルグ家の所有になったことを表す"双頭の鷲"の紋章や町の君主たちの60もの紋章が描きこまれています。

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リュブリヤナのシンボルがドラゴンです。

ギリシャ神話に登場する英雄イアソンが退治したドラゴンが由来になっているというものです。

引用:

イアソンの父であり王のアイソーンが亡くなったとき、イアソンはまだ幼かったために叔父であるペリアースという人が王位を継ぎました。

イアソンはケンタウロスの賢者ケイローンに預けられ、幼少期を過ごします。

やがて成人したイアソンは故郷に戻りペリアースに王権の回復を求めます。

そのときペリアースはイアソンだと気づいていなかったのですが、サンダルを片方だけ履いた者に王位を奪われるという神託を受けていたペリアースは驚きます。

王権の回復を求めてきたイアソンが片方しかサンダルを履いていなかったからです。(故郷に戻る途中、川で困っていた老女を背負って川を渡ったときにサンダルが片方流されたそう。さらにこの老女はヘラの化身だったとか。)

王位を奪われることを恐れたペリアースはイアソンに対して、コルキスというところにある伝説の黄金の羊の毛皮を持ち帰ってきたら王位を譲ると、無理難題を突きつけます。

この毛皮は金羊毛といって、ギリシャ神話のなかで秘宝とされる一つ。コルキスの王が所有するもので、眠らないドラゴンによって守られているものでした。

イアソンはこの難題に挑むため、仲間を連れて行こうと、巨大なアルゴー船を造って乗組員を募集します。

この呼びかけにヘラクレスら50名が集まります。

アルゴー船で冒険するこの一行をアルゴナウタイといいます。アルゴナウタイは色々な冒険を経てなんとかコルキスにたどり着きます。

コルキスの王は金羊毛を渡したくなく、これまた無理難題を突きつけてきます。

しかしラッキーなことにコルキスの王女メーデイアがイアソンに恋をしてしまい、イアソンの手助けをしてくれます。

メーデイアの助けもあって難題をクリアするが、それでも金羊毛を渡そうとしなかったため、無理やり金羊毛を奪い取ります。

その手助けをしたのもメーデイア。金羊毛を守る眠らないドラゴンをメーデイアが魔法で眠らせたんです。

金羊毛を持って故郷に戻ったイアソンでしたが、ペリアースも王位を譲ろうとはしませんでした。

この手助けをしたのもメーデイア。ペリアースの娘たちを騙してペリアースを殺させます。

イアソンとメーデイアはそこにいられなくなり、コリントスという国に逃れます。

そこでコリントスの王がイアソンを気に入り、王女との結婚話を持ちかけ、まんざらでもないイアソンはこの話を受けてしまいます。

これに激怒したのはもちろんメーデイア

メーデイアはイアソンの一族を根絶やしにします。

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時計台の上からの眺めです。

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地下には近代的な空間が広がっています。

美術館などの用途を考えて作られたようです。

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街に戻って、

聖ニコラス大聖堂です。

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聖ニコラスは子供・漁師・船乗りの聖人だそうで、聖ニコラス大聖堂のこの入口の青銅の扉にはリュブリャナの歴史が描かれているそうです。

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ドアノブだけが金ピカになっている青銅製の扉です。

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夕食はサラエボ84というレストランで食べました。

1984年は旧ユーゴスラビアで開かれたサラエボオリンピックの年です。

店内のビデオでは、オリンピックの映像が流れていました。

今は内戦の末、ボスニア・ヘルツェゴビナになっいます。

サラエボの郷土料理みたいで、ミートロールがかみごたえがあって、ジューシーで美味しかったです。ワイン300ml飲んで12ユーロでした。

ボリューム満点で安かったです。

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